Keep it real 本質的な意味

黒人の優れている部分というと一般的にリズム感がよい、ダンスがうまい、歌がうまい、運動神経がよい、などが挙げられる。確かにTVや映画のエンターテイメントの中で圧倒的な表現力を持つ黒人は誰もが見たことがあるだろう。メディアを通さずとも確かに一般人レベルでも歌やダンスのとてもうまい人は多い傾向にある。また運動神経に関しては、さまざまなスポーツで黒人選手の活躍むしろ独壇場になっているほど素晴らしいプレーを見せてくれる。

このような一般的に優れているという点に関して全くの異論はない。それよりも私は体験から通じて恐ろしいほどに優れているという点が彼らにはあると思う。それは、人の心を見通す力である。うわべだけの言葉はすぐに見透かされることはもちろん、自分でも本心であると思って発言したことでも、その深い深い根底にある、取り繕ったもの、エゴ、偽善的な心、そういったものを直感でかぎ分ける能力が非常に高いと思う。

そういった隠された心は自分でも気づいていなくて、自分の言葉が真実であると思って発言しているのだが、彼らは瞬時にその根底に何が流れているのかを見分け、信用に値する人間かどうかを判断する。だから、何度も何度も自分の意見に挑戦させられる。それは自分の心の確信から出た言葉か?それとも上っ面をなぞった言葉なのか?誰かの言葉を自分の気持ちであるかのように信じて発言しているのか?

それを試される。自分の発した言葉をなぞり直し、その根幹へと逆行する。

彼らの前では嘘がつけない。自分の核心を試される。自分でさえも気づかなかった心にふたをしている部分を彼らは開けてみろと試してくる。決してこじ開けはしない。自分の力で開けるまで挑戦してくるのだ。

このような能力はどのようにして培われるのだろうかと考えてみる。それは彼らの育った生活環境にやはり起因するのではないかと思う。複雑な家庭環境や安全とは言えないコミュニティの中では一つの判断の誤りが決定的な致命傷になることがある。ひとつの問題に足を踏み入れ、それなりに問題解決に挑む。表面的に問題は解決したかのように見えるが、実はそれはもっと大きな問題につながっていたとか。やさしさや善人の仮面をかぶった人間が突如銃を突き付けて金銭を、命を、家族を奪うという危険性もある。Sleeping is the causin of deathとNasの詩の中にもあるが、常に自分の周りで何が起きているのか、自分が対峙している人間が何者なのか、自分が何に巻き込まれているのか、ぼーっとしていると(Sleep)知らず知らずのうちに危険な罠に入ってしまい、死と隣合わせの状況がすぐ隣にやってきているということがある(Cousin of death)。

人との関わり自体がのらりくらりとしたものではなく、すべてが選択の連続のような感覚。一瞬一瞬で最適な選択をしていかなければ毒蜘蛛の巣に絡めとられるように自分の安全が侵される中でこういった人の核心を見抜く術が磨かれていったのではないかと思う。

”Keep it real”という言葉を彼らは使う。その本質を知らなかったときはHipHopな人間が恰好つけて言う言葉かと思っていた。意味としてはマジでとか、本気で、とか猫かぶるな、とかそういったざっくりとした解釈だった。

しかし、黒人との生活を通じて、そして自分の中の偽善・傲慢・憎しみ・妬み・後悔など複雑にからまりすぎてみたくもないものを見たくもないのに真正面から見つめた結果、Keep it realの深い根本的な意味は、自分の心・行動・魂・言葉・思いが全て一致しているか、矛盾していないか、たぶんそういった有様、生き様を表す言葉なのではないかと思う。日本語でその概念に合致する言葉がないのかもしれないが、体感から自分自身と一致するという意味ではないかと思う。

黒人と深く深くかかわる中で、自分の深いところにある自分でも気づかない心にふたをした部分を開けざるを得ない経験をした。それは決して美しく楽なことばかりではなく、自分の中に潜む醜い魔物と対峙するような感覚だ。その魔物から目をそらさずに向き合う。そして魔物を倒すのではなく、その魔物をも含む人間が自分なのであると降伏し、認める。魔物に向き合うのは苦しい経験だ。苦しさ故に目をそらし、自分の善と認めている部分だけを自分であると認めることのほうがずっとお気楽だろう。しかしその魔物に向き合わなければ本当の自分という人間を形成しているのがどんな経験、どんな感情かを真に理解することは難しいと思う。不思議なことにその魔物にふたをしていたときよりも、真剣に向き合った後のほうが自分が自分を信じることができるようになった、そして彼らから、彼らだけでなくより多くの人から結果として信頼されるようになった。

自分の中でなぜそう思うのか、なぜこう発言するのか、なぜ私はこういう行動をするのか、それを深く考えさせられた。結果、自分の核心にたどりつくことができた。そして自分の心、発言、行動に矛盾がないとはどういう状態かを知ることとなった。その状態になって、初めてKeep It Realの本質的な意味が分かった気がした。